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第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム

パネルディスカッション 第1部:パワーユーザーと色処理専門家の連携で拓く新世界

形態検査領域における標準化の試み

西堀 眞弘
文部省形態検査インターネットサーベイ研究班
東京医科歯科大学医学部附属病院検査部
The 1st Symposium of the 'Color' of Digital Imaging in Medicine

Panel Discussion Part 1 :
Cooperation of Power Users in Medicine and Specialists of Color Technologies
for Pioneering a New Frontier

Proposal of Standardization of the Color Data
in the Morphological Laboratory Diagnosis


Masahiro NISHIBORI
Morphological Internet Survey Research Project Team
Clinical Laboratory, Tokyo Medical and Dental University Medical Hospital

summary
Preliminary studies revealed that the world wide web (WWW) system is successfully adopted in a control survey of morphological laboratory tests, in which slidefilms have been used conventionally (Fig. 1), with advantages of much easier access, great reduction of costs and stability of images through duplication and transportation (Fig. 2, Fig. 3).
The Morphological Internet Survey Research Project Team, which consists of nine researchers from seven Universities and 28 co-researchers from various fields of laboratory medicine and clinical pathology in Japan, was organized by the Ministry of Science, Education and Culture of Japan in 1998 to make a comprehensive study about reliability of the medical diagnoses made on digitized images (in detail, consult its home page at http://square.umin.ac.jp/survey/).
(1) Pictures of typical specimens from urinary tests, hematology, microbiology, immunology, physiology and pathology were digitized and the diagnostic reliability were evaluated using various display equipment including a extra high resolution (QSXGA, 200 pixel per inch) LCD.
(2) The qualities of most of digitized pictures properly prepared were almost the same as slidefilms, but some of them must be observed with the QSXGA display to have sufficient reliability.
(3) Besides, there were large variations in reproduction of colors among the displays, which may incidentally cause erroneous diagnoses (Fig. 4).
(4) A lot of factors to be clarified before overcoming this problem, such as how to calibrating displays, application of color management technologies, influence of spatial resolution of displays, understanding medical decision making and practical feasibility of the solution has been discussed.
(5) As a temporal solution, a new calibration system based on a novel way of thinking has been developed.

 1.はじめに
 形態検査インターネットサーベイ研究班(平成10〜11年度 文部省科学研究費補助金 基盤研究(C)課題番号10672172 研究課題「インターネットを使って形態学的検査のコントロールサーベイを実施する研究」,抄録集巻末の付録資料を参照)は本シンポジウム企画の中心となった,全国7大学9人の研究者を中心とした総勢37名からなる研究組織であり,本シンポジウムを共催者として全面的に支援している。本稿では,本研究班発足までの経緯および研究内容につき紹介し,その中で得られた新知見の一つとして,デジタル化された形態検査画像の表示装置間の性能差とその対策について提示する。

 2.基礎実験の経過【1〜3】
 1)目 的
 臨床検査の分野では,検査精度の施設間格差を是正するため,各検査施設に同じ検体を配布して成績をチェックする「外部精度管理」すなわちコントロールサーベイが定期的に行なわれている。形態学的検査については,通常標本を撮影したスライド写真が配布されるが,この方法は費用と手間がかかるため,対象症例数が限られ,個人単位または小規模施設の参加が困難で,判定用画像の均一性に不安が残るといった問題点があった(図1)。一方,インターネット上で急速に普及しつつあるワールドワイドウエブ(WWW )は,マルチメディア情報発信機能に優れており,送り先の距離や数にかかわらず,全く同一の画像を容易に配付することができる(図2)。そこで著者は,判定用写真をワールドワイドウエブ(WWW)のホームページに掲載し,インターネットに接続するだけで容易に参加できるサーベイの試行を1996年秋に開始した。

図1 従来の形態検査のコントロールサーベイ実施手順
Figure 1conventional procedures of the morphological control survey





図2 インターネットを使った形態検査のコントロールサーベイ実施手順
Figure 2procedures of the morphological control survey using the internet




 2)方 法
 サーベイの範囲は尿検査,血液検査および細菌検査とし,出題および技術的監査を4人の臨床検査専門医に依頼した。問題として提出された16枚のスライド写真は Kodak Photo CD(TM)システムでデジタイズし,画像編集ソフトの AdobePhotoshop(TM)を用いて加工した。ネットワークの負荷に配慮し,それぞれの画像データは,検査所見を読み取るのに支障を来さない範囲で,ファイルサイズができるだけ小さくなるようにJPEGフォーマットで圧縮した。加工した画像データは,代表的ブラウザソフトである Netscape Navigator(TM)と Internet Explorer(TM)を用い,数種類の CRTおよび液晶ディスプレイ上に表示し,問題がないことを確認した。画像ファイルはすべて72dpiで 372×254 pixel の大きさに統一したが,圧縮後のファイルサイズは最小20 Kバイトから最大144Kバイトまで大きな差が生じた。
 次いでこれらの判定用画像をインターネットのホームページに設問および参加要項とともに掲載し(図3),4人の専門家のインターネットを介したチェックにもとづいて修正を行った後,サーベイの実施を日本臨床検査医会の機関誌とインターネットニュースでアナウンスした。海外からのアクセスの可能性も考え,ホームページ上の文章は日本語だけでなく英語も並記した。参加にはとくに条件を設けず個人もしくは施設単位のどちらでも可能とし,定められた形式に沿って電子メールで回答が送られてくれば直ちに正式な参加として受け付けた。回答の集計作業後,結果,模範回答および講評を同じホームページに掲載し,参加者が自己採点および自己評価を通じて各々の技術向上を図れるようにした。
 上記方法にて,1996年秋に主に正常像を用いて第1回の試行を実施し,引き続き1997年秋には主に異常像を用いて第2回の試行を実施した。

図3 インターネットを使った設問画面の1例
Figure 3an example of question pages


 3)結 果
 インターネットを通じてコンピュータディスプレイ上に表示された判定用画像は,何回かの修正を要したものの,最終的にはすべてが専門家によるチェックをパスした。第1回サーベイを例にとると,ホームページへのアクセスは2ヵ月間で889回を数え,判定用画像16枚,データ量にして約660k バイトの伝送にかかった時間は2分から20分以上と大きくばらついた。第1回および第2回ともほとんどが基本問題であったため誤答は少数であり,原因不明の表示不能1例を除き,画質が不十分であることを疑わせるような誤答は全くなかった。

 3.形態検査インターネットサーベイ研究班の経緯【4,5】
 1)研究班の発足
 基礎実験の結果,当初予想した画質の問題が何とか克服でき,かつ高い有用性が実証されたため,実地応用を図る目的で,平成10〜11年度文部省科学研究費補助金を受け,形態検査インターネットサーベイ研究班が組織された。各検査領域をリードする専門家の中から1名ずつ8名の研究分担者を得て小委員長とし,それぞれ各領域から適任の研究協力者を得て検査領域毎に小委員会を構成した。また関連の学会・協議会・職種団体との意見調整のため,各組織から関連組織代表連絡委員として研究協力者の派遣を得た(巻末資料の研究班名簿を参照)。

 2)これまでの研究経過(詳細は巻末資料を参照)
(1)インターネットを介して判定用画像を配布し形態検査のコントロールサーベイを実施することの妥当性を検証するため,一般検査,血液検査,微生物検査,免疫血清検査,生理検査,病理細胞診の各分野から典型画像を収集し,開発途上の超高精細液晶表示装置を含む各種端末装置で表示し画質の評価を行なった。
(2)その結果,多くはスライド写真とくらべ遜色のない画質が得られ,十分実用的であることが確かめられたが,一部はより高い解像度を必要とした。
(3)その一方で,表示装置に予想以上の機種間差を認め,色の再現性の相違などが判定あるいは診断に重大な影響を及ぼす恐れがあることが明らかになった。(図4)
(4)そこで急遽研究計画の一部を変更してその対策を検討し,技術的解決策を見いだしたので,特許出願を計画しその技術開発のために新たな研究費を申請した。
(5)本研究成果の啓蒙のため,第25回日本医学会総会および第48回日本臨床衛生検査学会の展示会での告知あるいは出展を計画した。
(6)本研究班の成果を他の医学領域全般に普及させるため,本来全く同一であるべきデジタル医用画像が,表示装置の機種間差のため同じ色に表示されないという問題の解決を目指して,「第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム」の共催を計画した。
(7)これら研究成果を国際学会および専門医の雑誌で発表するとともに,詳細に研究班ホームページ(http://square. umin.ac.jp/survey/)で公開した。

図4 表示画像の評価結果(微生物検査の一部)
どの機種も表示解像度は大差なく、主な違いは色の再現性だけである。評価は6点満点で、2以下は「診断不能」という意味である。機種No.1 はいずれの標本も最高の評価であるが、驚いたことに機種No.7 は標本によって満点から診断不能まで評価がばらついた。また標本M-01 等はいずれの機種でも最高の評価であるが、M-06 は機種によって満点から診断不能まで評価がばらついた。通常はどれか1 機種だけを用いるから、観察している者にはこのような差があることは全く分からず、標本との組合せによっては誤診を引き起こしてしまう。
Figure 4evaluation of quality of medical images displayed on various equipment (part of microbiology section)
These displays have almost the same resolution, and the major difference among them is the performance of color reproduction. The highest grade is 6, and grade less than 3 means unusable. Beyond prior expectation, grades of equipment No. 7 was varied from the highest to unusable. Specimen M-01 etc. got the highest grade with every equipment, but specimen M-06 varied from the highest to unusable according to equipment. Usually users looks at only one display, so they cannot notice this fact, which may incidentally cause erroneous diagnoses according to the combination of medical images and displays.


 3)表示装置の性能差に関する知見
 これまでの研究により,画像の持つ医学的意味によって要求される表示精度が著しく異なること,また画像の物理的特性によっても要求される表示精度が著しく異なること【6】が明らかになった。したがって性能差の許容範囲も大きく変動するため,検証にはさまざまな医学的内容の画像を用い,それぞれ相応の専門家の目で確かめる必要があると考えられた。

 4.表示装置の標準化への展望
 1)表示装置側の課題
 たとえば CRT 装置の機種間差の克服あるいは外部光の補正については,かなり研究が進んでいるので,近い将来実用的な対策がとられることが期待できる。ただし,インターネットで画像を配付することを考えた場合,汎用機器での表示が前提となるため,液晶パネル,プラズマディスプレイ,ヘッドマウントディスプレイ,液晶プロジェクター等,全く発色原理の異なる装置をも含めて標準化されることが望ましい。しかしながらこれらは表示できる色の範囲が大きく異なるため,物理学的なスペックを一致させることは不可能であり,標準化が可能であったとしても,実現にはかなりの時間を要すると考えられる。

 2)医学的診断過程の課題
 視覚認知,とくに色彩の認知については古くから優れた研究があるが,その仕組みの全体像が解明されるのはかなり先のことと考えられる。また,それがどのように医学的診断に関与しているか,そもそも医学的診断が脳の中のどのような仕組みで行なわれているかについては,断片的な仮説の域を出ていない。さらに,所見が微妙な場合には,医師によって診断が異なることもまれではなく,表示装置の性能差が診断に及ぼす影響について,科学的に解明することは当面困難と思われる。

 3)既存のカラーマッチング技術の課題
 いわゆるデスクトップ・パブリシングの領域では,この問題への対策についてすでに長い歴史があり,これまで ColorSync(TM)等かなり再現性の高い技術が確立している。ただしこれらは実際の物と印刷された物が,できるだけ同じ色に見えるようにすることを主目的としているため,染色標本など人工的に作られた色が多く,専門家の頭の中にある典型像に表示された画像の方を合わせていくという発想が強い医療分野に,そのまま応用することは困難であり,医療に最適化した新たな技術を開発する必要がある。

 4)解像度の課題
 これまでに検討した画像の中では,細菌の顕微鏡写真と病理の弱拡大画像は72dpi の解像度では不十分であり,200 dpi あれば十分であることが確かめられた。今後異なる解像度の表示装置が普及した場合,色だけでなく解像度の点でも何らかの標準化を図る必要がある。

 5)実用上の課題
 今後遠隔医療や電子カルテ等が普及していく場合,すべての利用者が高価な医療専用の表示端末を備えることは現実的でなく,恐らく次世代インターネットやデジタルテレビ等の汎用インフラに相乗りする形になると思われる。したがって表示装置は汎用機器を想定し,直接のユーザーである医療関係者が,自分でキャリブレーションできる程度の操作方法やコストを実現することが望ましい。  5.将来計画
 以上の条件を満たすような標準化を直ちに実現することは明らかに困難である。しかし,該当する機器は今正に急速に普及し始める段階に入っており,このまま看過ごすれば後世に禍根を残すことになろう。
 そこで本研究班では,物理スペック的に完全な互換性をとるという発想から転換し,多少性能差があっても診断が狂わなければよいという考え方で,実務上の問題を解消するための新たな方法を考案し,現在実用化に向けた研究開発を進めている。

 謝 辞
 本研究に多大な貢献をいただいた研究班員各位に対し厚くお礼を申し上げます。

 文 献
【1】西堀眞弘:形態検査の外部精度管理にWWWを利用する研究,第17回医療情報学連合大会論文集,798-799,1997 (http://square.umin.ac.jp/mn/jcmi17-3g21.html)
【2】西堀眞弘,大場康寛,伊藤機一,渡辺清明,菅野治重:インターネットを使って形態検査のコントロールサーベイを実施する研究,第44回日本臨床病理学会総会抄録集,178, 1997 (http://square.umin.ac.jp/mn/jscp44-178.html)
【3】Masahiro NISHIBORI:A Control Survey of Morphological Laboratory TestsUsing the Internet. Proceedings of the 19th World Conference of Anatomic andClinical Pathology World Association of Societies of Pathologist, 46, 1997 (http://square.umin.ac.jp/mn/work19970619.html)
【4】西堀眞弘,インターネットを用いた形態検査の精度管理,Laboratory andClinical Practice, 第16巻第1号,42-50, 1998 (http://square.umin.ac.jp/mn/work19980815.html)
【5】Masahiro Nishibori, Kiichi Itoh, Kiyoaki Watanabe, Harushige Kanno, Yasuhiro Ohba:Use of WWW in a Control Survey of Morphological Laboratory Tests, Proceedings of the Ninth World Congress on Medical Informatics, 803, 1998 (http://square.umin.ac.jp/mn/medinfo98-803.html)
【6】西堀眞弘:医療用マルチメディア・データベースのユーザーインターフェース携帯化の試み,第14回医療情報学連合大会論文集,727-730, 1994 (http://square.umin.ac.jp/mn/jcmi14-3g13.html)

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