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原著:医療情報学 / Japanese Journal of Medical Informatics 11(3), 1991: 149-162


ユーザーフレンドリーな医療情報システムの開発

― 臨床検査システムのユーザーインターフェース改善への
高性能ワークステーション採用の試み ―

西堀眞弘 松戸隆之 椎名晋一

東京医科歯科大学医学部臨床検査医学
〒113 東京都文京区湯島1-5-45

Developing the Ideal User Interface
for
the Medical Information System

- An Experiment of Improvement in
the User Interface of a Clinical Laboratory Using a Workstation -

Masahiro NISHIBORI Takayuki MATSUTO Shin-ichi SHIINA
Department of Laboratory Medicine, Tokyo Medical and Dental University, Medical School
1-5-45, Yushima, Bunkyo-ku, Tokyo 113, Japan

published edition


これまで数多く構築された発生源入力方式の病院情報システムは、医師や看護婦にスムーズに受け入れられていないことが多い。そこで私共は、それらのユーザーインターフェース機能の貧弱さに注目し、ユーザーインターフェース機能の抽出とプロトタイピングによる入念なシステム分析を柱とした、ユーザーフレンドリーなシステムを開発する方法を考案し、その優れた効果を共通の問題を抱える臨床検査システムにおいて実証してきた[1-2]。
今回私共は、多項目自動分析装置の測定データのバリデーションに用いるユーザーインターフェースの性能向上を図るため、高性能ワークステーションSONY NEWS 821を採用してプロトタイプを試作した。マウスによる入力、プルダウンメニュー、ポップアップメニュー、報告書のイメージに近い独創的な画面構成などを実現したところ、従来方式よりも飛躍的に高い処理能力が得られた。ただし実用化には、より高性能なハードウエアと、現在よりはるかに生産性の高いプログラム言語の採用が不可欠と考えられた。

(キーワード:病院情報システム、ユーザーインターフェース、システム開発、プロトタイピング、ワークステーション、臨床検査システム、多項目自動分析装置、バリデーション)

Although the hospital information systems have reduced medical administration tasks, medical staff using such systems often have difficulty using these systems to the detriment of productivity. The cause of this problem is the inadequacy of the user interface of these systems, and a new method for developing user-friendly computer systems was reported by us with substantial examples[1,2]. Its essential feature is an intensive system analysis based on sufficient evidence from users who were shown many versions of prototypes imitating the user interface of real systems.
Using a SONY NEWS 821 workstation, this method was applied to the development of a prototype of the user interface used by medical staff to validate laboratory data obtained by a multi-channel automatic analyzer. An input device called 'mouse', pull down menus, pop up menus, an original display layout like a real report sheet, etc. are adopted and resulted in a great improvement in the user interface. Besides, higher performance of a workstation and higher productivity of developing environment are turned out to be essential to apply this prototype to real laboratory systems.

(Keywords: hospital information system, user interface, development, prototyping, workstation, clinical laboratory system, multi-channel automatic analyzer, validation)


Contents

1 はじめに
2 システム設計
 2.1 臨床検査システムにおけるバリデーションの意義
 2.2 臨床検査システムの概要
 2.3 自動分析装置の概要
 2.4 オンラインシステムの設計
 2.5 ユーザーインターフェース機能の抽出
 2.6 ユーザーインターフェースの設計
3 開発したユーザーインターフェース
 3.1 初期画面(Fig.4)
 3.2 受付終了後(Fig.5)
 3.3 初検終了後(Fig.6)
 3.4 項目指示メニュー(Fig.7)
 3.5 再検終了後(Fig.8)
 3.6 検体選択メニュー(Fig.9)
4 評価
 4.1 機能
 4.2 開発方法
 4.3 今後の課題
5 将来計画
 5.1 自動分析装置と臨床検査システムへの展望
 5.2 病院情報システムへの展望
 助成
 引用文献


1 はじめに

 最近多くの施設で発生源入力方式の病院情報システムが構築されつつあり、医療事務の省力化、人為的ミスの軽減あるいは外来待ち時間の短縮などの面では成功している場合がみられる。しかし医療現場では、医師や看護婦をはじめとする医療専門家のニーズを十分に満たし、目に見える効果をあげているとは言えない。そこで私共は、医療情報システムに共通するユーザーインターフェース機能の貧弱さに注目し、ユーザーインターフェース機能の抽出とプロトタイピングによる入念なシステム分析を柱とした、ユーザーフレンドリーなシステムを開発する方法を考案し、同じ問題を抱える臨床検査システムにおいてその優れた効果を実証してきた[1-2]。
 その一環として、以前に私共は膨大な検体処理能力をもつ多項目自動分析装置のオンラインシステムを開発したが[3]、精度管理のリアルタイム化には成功したものの、コンピュータの性能の限界から満足できるユーザーインターフェースが開発できず、低い作業効率と作業品質のばらつきは十分に解消されなかった。そこで今回私共は、十分なユーザーインターフェース性能を得るために高性能ワークステーションを採用し、プロトタイプのシステムを開発したので、ユーザーインターフェース機能の抽出に至るシステム分析過程および開発したユーザーインターフェースの具体的内容を中心に報告する。


2 システム設計

2.1 臨床検査システムにおけるバリデーションの意義
 私共は従来より臨床検査システムの開発を主導的に進めており[4-8]、今回対象とした分析装置に関しても十分な経験があるので[3]、システム分析の過程に困難はなかった。ただし、自動化の進んだ分析装置のオンラインシステムのユーザーインターフェースは、主として測定データのバリデーションに用いられると予想されたので、今回はそこに関係する機能を中心に抽出を試みた。ここで、バリデーションという用語が耳慣れない方のために、その意義について説明しておきたい。
 現在の自動分析装置が産み出す測定データには、そのままでは医師に報告できないものが数多く紛れ込んでいる。たとえば、誤った測定条件が設定された場合、検体量不足、検体の吸引不良、試薬の劣化、測定系のノイズ、測定レンジオーバー、検体の異常反応などが生じた場合、致命的な測定値が得られた場合、精度管理検体で異常値が得られた場合などである。Fig. 1に示す通り、このような測定データを洩れなく検出し、試薬や機器の調整、検体の希釈、再測定などあらゆる手を尽くして、十分な信頼性をもって報告できる測定値、いわゆるクリーンデータを得る作業がバリデーションである。

Fig. 1 Concept of the validation.

 従来は、自動分析装置から吐き出される膨大な測定データを四六時中整理し、検査技師の経験と感によって疑わしいデータを拾いあげるといった、旧態依然とした方法がとられていたが、臨床検査の省力化や迅速化のためにはこの部分の効率化が必須なので、製造業の分野で確立された品質管理技術を応用したり、最近はコンピュータを活用して自動化を目指したリアルタイム精度管理方式などが積極的に試みられ、部分的な自動化には成功している[3]。
 しかし、信頼性に問題のある測定データが発生する原因は、均質な製品を産み出すオートメーション工場のように装置のしくみから推測してパターン化できるものだけでなく、検体の由来する患者の個人差、疾患あるいは投与薬物などが複雑に絡み合っている。したがってあらゆる異常データを検出、解明し適切に対処するためには、高度な専門知識と豊富な経験が不可欠であり、最終的には熟練した検査技師の判断に頼らざるを得ないのが現状である。最近はこのような判断過程を自動化するエキスパートシステムの開発も試みられているが、扱える知識の範囲が狭いうえ、肝心の知識の蓄積には手が付けられておらず、未だ実用性には限界がある[9]。
 このように、情報処理の形態から見ると、測定データおよび付随する検査情報を基に行うバリデーションは、患者データを基に行う医師の診断過程に迫る程複雑かつ高度であり、その効率化を目指すコンピュータシステムのユーザーインターフェースには、著しく高い性能が要求されることが容易に理解できよう。したがって臨床検査のバリデーションにおいて満足できる性能をそなえたユーザーインターフェースを開発する一般的方法が明らかになれば、発生源入力方式の病院情報システムを初め、医療情報システム一般の操作性の改善に貢献することが十分に期待できる。

2.2 臨床検査システムの概要
 Fig. 2に私共の所で現在稼働している臨床検査システムのハードウエア構成を示す。このシステムは、検査依頼情報の収集、ワークシートの作成、自動分析装置や用手法によって測定されたデータの収集、精度管理計算、報告書の作成、各種統計表の作成などの機能を備えている。このなかで、各々の分析装置とホストコンピュータを結び付け、測定データを自動的に収集する部分がオンラインシステムである。オンラインシステムには通常インテリジェントターミナル(図中ITC)が備えられており、それぞれの分析装置の担当者は、そのCRTとキーボードあるいはマウスを用いてオンラインシステムを操作する。

Fig. 2 Overview of the laboratory information system.

2.3 自動分析装置の概要
 今回対象とする自動分析装置は、Table 1の仕様に示す通り驚異的な検体処理能力を備えており、もし最大能力で測定したすると、1時間に35×300=10,500テスト分の測定値が発生する。このデータを滞ることなく報告するためには、1秒間に約3テスト分の測定値をチェックしなくてはならないが、この分析装置に採用されているディスクリート方式には偶発誤差の発生する割合が多く、その検出には豊富な経験と十分な注意力が必要となる。したがって従来の方法では、いかに熟練した検査技師でも、作業品質を落とさずに分析装置の能力に見合うスピードでバリデーション作業を行なうことは不可能であり、クリーンデータの報告が滞ることは避けがたい。そこで、システム化によっていかにバリデーションの効率を上げるかが、この分析装置の優れた性能を検査サービスに反映させることができるかどうかの重要なポイントとなる。

Table 1 Specifications of the multi-channel automatic analyzer
typeHitachi 736-60E
number of tests35
specimen processing speed300/h
reaction mechanismdiscrete type
analysis methodcolorimetry, rate assay
cycle time25s
reaction time7.5min
reaction temperature37℃
specimen identificationbarcode method
communicationRS232-C
input datatest orders
output datatest inquiries, test values and error codes

2.4 オンラインシステムの設計
 今回設計したオンラインシステムとその周辺部分の概念図をFig.3に示す。このシステムにおける作業の流れを概観すると、検体と伝票のマッチング、受付番号の発番、依頼情報の入力、バーコードラベルの出力と検体への貼付、検体前処理、分析装置のセットアップ、検体セット、測定、バリデーション、分析装置の終了操作となる。

Fig. 3 Overview of the online system.

 検査部では通常一度に大量の検体を続けて処理するので、バリデーションと並行して受付および測定の作業もこなさなくてはならない。このため、このシステムはユーザーインターフェース機能に加えて、ホストコンピュータ(図中Micro VAX II)から随時送られてくる依頼情報の格納、分析装置が検体を同定するごとに送ってくる項目選択情報問い合わせへの応答、そして分析を終了するごとに送ってくる測定値情報のチェックと格納といった機能を並行処理できる必要がある。
 ユーザーインターフェースを担うコンピュータには、従来はパーソナルコンピュータを用いていたが、今回ははるかに高性能なワークステーションを採用し、マウスや高分解能グラフィクスなどの入出力装置、柔軟なマルチタスク処理環境および高速な情報検索能力を十分に活用した。Table 2に今回使用したSONY NEWS 821の仕様を示す。なお、その他のハードウエアは、稼働中のシステムからFig. 2のなかで太線で囲んだものを流用した。

Table 2 Specifications of the workstation
typeSONY NEWS 821
main CPU68020 (16.17MHz)
sub-CPU(I/O)68020 (16.17MHz)
sub-CPU(floating point)68881 (16.17MHz)
main memory4MB
auxiliary memory156MB
CRT15 inch black and white(816×1024)
OSUNIX 4.2 BSD
network systemNFS
development languagestandard C
mouse controlstandard device driver
window controlstandard device driver

 ワークステーションのアプリケーション開発にはC言語を用いた。当初マウスやCRTの制御にはX-Windowを利用する予定であったが、この機種に付属しているバージョンは完成度が低いために実用的でなく、やむを得ず各々のデバイスドライバにC言語から直接アクセスして制御した。またホストコンピュータのアプリケーション開発にはMUMPSを用いた。

2.5 ユーザーインターフェース機能の抽出
 バリデーションの具体的作業は、すべての測定データを対象に、コンピュータによる種々の自動チェックの結果を参考にしながら、そのまま報告してはいけないデータを見つけ、必要な場合再検査等の処置を行なう。再検査は同じ検体を再測定するだけでなく、希釈して再測定する場合、別の分析装置や用手法で測定する場合などがある。続いてその結果を確認し、最終的にどのように報告するかを決定する。報告は再検査の不要であった測定値や再検査の結果を報告するだけでなく、すべての情報を総合的に判断して、再測定したにもかかわらず最初の測定値を報告する場合、さまざまな項目コメントを付して報告する場合、「測定不能」や「検体不足」と報告する場合などがある。
 以上の作業に必要なユーザーインターフェース機能を抽出したところ、患者属性および依頼元属性の表示、測定依頼情報の表示・新規登録・変更、測定進行状況の表示、初検および再検データの表示、再検指示および変更、報告用データの表示・変更・手入力、検体および項目コメントの表示・変更、各種チェックフラグの表示、報告許可、各種警告表示および対応指示などがあげられた。これらの具体的なリストは400項目以上にも登り、各々の動作条件および動作タイミングを完全に把握することはできなかったため、プロトタイピングによる試行錯誤が不可欠であった。

2.6 ユーザーインターフェースの設計
 私共はユーザーインターフェースの設計に当たり、次のような工夫を組み込んだうえでプロトタイピングを行なった。
(1)画面やモードの切り替えを最小限にするため、一画面に一検体分の情報を見やすく表示し、その画面を変えることなく必要な機能を好きなときに実行できるようにする。またどこに何が表示されているかが容易にわかるように、実際の報告書に似たレイアウトを採用する。
(2)操作の対象が常に画面に表示され、その選択とそれに対する指示が迅速かつ容易に行なえるようにし、その反復だけで目的の機能が実行できるようにする。そのため、コマンド入力による従来の言語的インターフェースを廃し、高分解能グラフィクスとマウスを活用した視覚的インターフェース用い、プルダウンメニューおよびポップアップメニューを採用する。
(3)誤操作による副作用を防ぐため、重大な副作用を引き起こすおそれのある指示は実行前に必ず確認メッセージを表示する。指示を入力した後でも、誤りに気付いた場合にできるだけやり直しができるようにしておく。操作できないオプションは表示を変え、かつ選択しても実行できないようにする。
(4)定型的な操作の流れを円滑にするため、自動チェックによって検出されたデータに対し、最も妥当と思われる再検査方法を自動的に選択し、デフォルトとして表示する。また再測定の後、最も妥当と思われる測定値を自動的に選択し、デフォルトの報告用データとして表示する。自動チェックによって検出されたデータは、他の測定データから容易に見分けられるように、かつそのチェック内容、再測定した結果などが一覧できるように表示する。
(5)トラブル発生時に、ユーザーが直ちに気付いて対処できるように、使用中の画面に随時警告音と共に警告メッセージを表示できるようにする。


3 開発したユーザーインターフェース

3.1 初期画面(Fig.4)
 画面のレイアウトは、図中左側に示す実際の報告書のイメージをほぼ再現できた。ほとんどの操作は、手元のマウスを引きずって矢印型のカーソルを選択対象の上に動かし、マウスのボタンを押す、いわゆるクリックするだけで行えるようにした。画面上方の網のかかった部分をメニューバーといい、それぞれ「終了」、「緊急事態」、「メニュー」、「検体選択」という表示の上でクリックすると、対応するプルダウンメニューが表示される(「検体選択メニュー」を最後に例示した)。右上の隅には緊急事態エラーメッセージ表示欄があり、バーコード読み取り不能、精度管理検体の許容範囲逸脱、コンピュータエラーの3種類が表示される。これらのエラーには、メニューバーの「緊急事態」メニューを用いて対処する。その他、画面中段には左から前回値表示欄、項目名表示欄、報告用データ表示欄、リアルタイム精度管理用チェックフラグ表示欄、初検値およびエラーフラグ表示欄、再検値およびエラーフラグ表示欄があり、画面下方には報告用検体コメント表示欄、分析装置から送られる血清情報表示欄、病名情報表示欄、累積デルタチェック判定結果表示欄がある。

Fig. 4 Example of the user interface (a).

3.2 受付終了後(Fig.5)
 受付で依頼情報が入力されると、ホストコンピュータから患者属性、依頼元属性、測定依頼項目および前回値が転送され、対応する場所に表示される。測定依頼のある項目は項目名が濃くなり、報告用データ表示欄に「受付済み」と表示される。検体の分析が始まると、この表示は「測定中」に変わる。前回値はリアルタイム精度管理チェックに用いられる。

Fig. 5 Example of the user interface (b).

3.3 初検終了後(Fig.6)
 分析装置から送られてきた測定値は、まず測定値エラーチェックを受け、その結果は初検値表示欄に生の測定値と共に表示される。チェック内容は、エラーコード(分析装置のデータアラーム)の有無、測定可能範囲外チェック(O:検量線からの逸脱を検出する)、項目間干渉チェック(I:溶血・黄疸・乳糜などによる影響を検出する)、コントロール許容範囲チェック(HまたはL:精度管理検体の測定値の逸脱を検出する)からなる。
 測定値エラーチェックをパスした測定値は、次いでリアルタイム精度管理チェックを受け、その結果はリアルタイム精度管理用チェックフラグ表示欄に表示される。チェック内容は、前回値デルタチェック[10](Z:前回値からの変動をチェックする)、項目間比チェック[10](R:関連項目との相関をチェックする)、前回値累積デルタチェック[11](A:複数項目について前回値からの変動をチェックする)、再現性チェック(V:再検値の再現性をチェックする)、病的測定値チェック(HまたはL:パニックバリューなどの再検励行を目的とする)からなる。
 以上のチェックが終了すると、報告用データ表示欄には、すべてのチェックをパスした項目については測定値が、パスしなかった項目については自動再検指示内容が表示される。この例では、TPが前回値チェックによって、CKが測定可能範囲外チェックによって、TGが病的測定値チェックによって、CLがエラーコードによって検出され、再検が指示されている(「1倍自動」とは検体を希釈せずに再測定する自動再検指示を示す)。

Fig. 6 Example of the user interface (c).

 また、ある項目について自動的になされた指示を変更したり、新しく何かを指示する場合は、まずカーソルをその項目の対応する欄に合わせる。この例ではSIAL−A(シアル酸)の報告用データ表示欄が選択されている。この状態でキーボードから測定値を手入力することができる。また、この状態でマウスボタンをクリックすると、Fig.7に示すように項目指示メニューが表示される。

3.4 項目指示メニュー(Fig.7)
 項目指示メニューでは、実行したい指示の上にカーソルを移動させ、マウスボタンをクリックすると、現在選択されている測定項目に対して、その指示が実行される。このメニューで実行できる指示は、「新規依頼」(測定依頼のない項目について、測定を指示する)、「依頼取り消し」(測定依頼のない項目について、指示した測定を取り消す)、「そのまま再検」(検体を希釈せずに再測定する)、「2〜5倍再検」(検体を各倍率に希釈して再測定し、自動的にその倍率を掛けた値を表示する)、「#・!・>・<」(報告用データに各々の項目コメントを付ける)、「コメントを消す」(項目コメントを消す)である。
 この画面例では、シアル酸の再測定を追加している。また、表示に網が掛かっている指示は、その項目の現在の条件では実行できないことを示しており、選択しても無視される。

Fig. 7 Example of the user interface (d).

3.5 再検終了後(Fig.8)
 自動的にあるいは追加して指示された再検が実行されると、プリンタからリアルタイムに再検指示リストが打ち出される。測定担当者がリストに従って検体を準備し分析装置にセットすると、再検項目が自動的に指示され、測定が行われる。分析装置から送られてきた測定値は、まず初検値と同じ測定値エラーチェックを受け、結果が再検値表示欄に生の測定値と共に表示される。測定値エラーチェックをパスした測定値は、次いでリアルタイム精度管理チェックを受け、その結果はリアルタイム精度管理用チェックフラグ表示欄に表示される。
 以上のチェックが終了すると、初検と同様に報告用データ表示欄には、各種チェックをパスした項目については測定値が、パスしなかった項目については自動再検指示内容が表示される。この例では、CLが再び分析装置のエラーコードによって検出され、再検が指示されている。しかし、再検項目すべてが再現性チェックをパスしているため、初検時に付けられたもの以外に追加されたチェックフラグはない。

Fig. 8 Example of the user interface (e).

3.6 検体選択メニュー(Fig.9)
 表示中の検体の処理を終了し、他の検体の画面を表示させるには、メニューバーの「検体選択」をクリックし、検体選択メニューを表示させる。指示を実行する方法は項目指示メニューと同じである。各指示の言葉のうち、「承認する」(報告用データがあれば報告書への出力を許可し、指示されている再検があれば実行する)、「指示待ち検体」(測定が終了したがまだ承認していない検体)、「次の検体」(現在表示中の検体の直後に測定した検体)、「前の検体」(現在表示中の検体の直前に測定した検体)、「最初の検体」(本日最初に測定した検体)、「最後の検体」(最後に測定した検体)、「なにもしない」(検体選択メニューを消す)にはそれぞれ特別な意味を持たせている。
 この画面例では、承認せずにこの検体の処理を終了し、受付番号を指定して次の検体の処理に移るよう指示している。

Fig. 9 Example of the user interface (f).


4 評価

4.1 機能
 このプロトタイプを用いて実際に測定を試みたところ、多数検体の連続測定中でもほぼリアルタイムにバリデーションを行なうことが可能であった。また、ユーザーインターフェースの性能評価項目[12]、即ち使い方を覚えるのに必要な時間、一度覚えた操作法を忘れずにいられる期間、ある機能を実行するのに必要な時間、誤操作の発生率、ユーザーの満足度のいずれについても今回開発したプロトタイプが優れていると評価された。したがって、私共の開発方法によってユーザーインターフェースの性能が従来方式よりも飛躍的に向上し、分析装置の最大検体処理能力に十分見合うまでに達したことが確認された。
 また今回採用した自動チェックのロジックは、1種類を除きすべて現在稼働中のシステムで実用化されているものであり、熟練者が再検を要すると判断した検体はほぼ洩れなく検出され、自動再検指示がなされた項目および希釈倍率の選択も妥当であることが実証されている。したがってこのプロトタイプが実用化されれば、現在と同等以上の作業品質が期待でき、担当者の能力や経験に影響されにくい、均質かつ作業効率の高いバリデーションが可能になると予想される。

4.2 開発方法
 臨床検査システムのユーザーインターフェースを対象とした検討は私共以外に例を見ないが、病院情報システム、エキスパートシステム、データベースシステムなどの医療情報システムの普及に伴い、これまでそのユーザーインターフェース改善のためさまざまな試みが行われ[13〜17]、中にはワークステーションを効果的に用いて実用の域に達しているものも見られる[18]。ただし多くは「どのようなユーザーインターフェースが期待されるか」という観点からの提唱や開発報告が主であり、私共のように「どうしたら期待されるユーザーインターフェースを作れるか」という点に注目した検討は少ない。しかも、人口知能の分野でも多くの専門家がより一般的な課題として取り組んでいるが、ユーザーインターフェース設計の一般論はほとんど確立されていない[19]。
 このような背景から私共が独自に考案した開発指針は、ユーザーインターフェース機能の抽出とプロトタイピングによる入念なシステム分析を特徴としており、その詳細についてはいくつかの適応事例と共に既に報告した通りであるが[2]、今回の事例でも次のような優れた効果が得られた。
 これまで臨床検査システムにデータ処理能力の向上を目的としてワークステーションが採用されることはあっても、操作画面には慣用的にパソコンレベルの端末が割り当てられるに過ぎなかった。しかし私共の方法による今回のニーズ調査により、大型分析装置に用いられるユーザーインターフェースには、少なくともワークステーションレベルのハードウエアが必要であることが初めて明かとなった。
 また、報告用データの表示欄を独立させ、初検値、再検値あるいは手入力から適切なものを選んで格納するいった他に見られない独創的な画面構成は、操作の簡素化に著しく寄与しているが、実はこの概念はバリデーションを行う者の頭の中では従来より普通に行われていたことである。にもかかわらず従来方法による開発ではそのことが正しく反映されず、今回私共の開発方法により初めて具現化された。

4.3 今後の課題
(1)受付、測定およびバリデーションの3つの作業が重なるなど、ワークステーションに著しく負荷がかかった場合に、一時的に処理速度が追い付かなくなることがあった。したがって、実際の臨床検査システムに組み込むためには、今回用いたワークステーションより高性能なハードウエアが必要である。ただしこれはバリデーション作業と並行して分析装置の制御を行うために生じた問題であり、ユーザーインターフェースの性能だけに注目すれば今回用いたワークステーションで十分であった。
(2)私共の方法は、今回のプロトタイプの開発では期待通りの効果をあげたとは言え、このプロトタイプを実際の臨床検査システムに組み込むためには、さらに細部調整が必要である。しかし、今回と同じ開発言語をそのまま用いたのでは、膨大なプログラム修正作業が予想されるため、はるかに開発効率の高い別のプログラム言語が必要である。この点は私共の開発方法を医療情報システム一般に応用する際にも解決が必要である。
(3)以上2点の解決にはより多くのコストが予想されるが、これまでの検討では、それに見合う効果が得られるかどうかは明らかではない。しかし、コストの妥当性を判断するためには、より定量性と客観性をもってユーザーインターフェースの性能を評価する必要がある。これは医療情報システム全体に関わる大きな課題であるが、今迄にわずかな試みがなされているに過ぎず[20]、第9回医療情報学連合大会のシンポジウムでも取り上げられたが、まだ十分な意見の一致を見ていない。


5 将来計画

5.1 自動分析装置と臨床検査システムへの展望
 今回用いた自動分析装置は、再検指示に従って検体を再び分析装置にセットするなど、自動化できる機能がまだ残されている。また原始的な通信機能しか備えていなうえ、技術仕様書の記述が不十分であったため、ワークステーションとの通信にかなりの試行錯誤を必要とし、事実上プロトタイピング手法により開発した。私共の経験では、これらは現在の自動分析装置に共通した状況なので、今後は自動分析装置の一層のインテリジェント化を各メーカーに要望し、ユーザーフレンドリーな臨床検査システムの実現を目指したい。

5.2 病院情報システムへの展望
 現在私共の施設では、医科新棟の建設に合わせてスーパーインテリジェントホスピタル構想を立案中であるが、これまでの知見を活かした先進的な臨床検査システムの導入を目指すと共に、病院情報システムの開発にも私共の方法を応用し、高度医療にふさわしいハイグレードなユーザーインターフェースを実現したいと考えている。

本研究の一部は、平成2年度文部省科学研究補助金奨励研究(A)課題番号(02771773)および臨床検査精度管理奨励会第5回研究奨励金によった。


引用文献

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