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臨床病理 / Japanese Journal of Clinical Pathology 38(3) 273-281, 1990

若手・指定講演1

ユーザーインターフェース機能に優れた
検査システムの開発

西堀眞弘 椎名晋一

東京医科歯科大学医学部臨床検査医学
(〒113 東京都文京区湯島1-5-45)

Development of a User-friendly Laboratory Information System

Masahiro NISHIBORI, MD and Shin-ichi SHIINA, MD
Department of Laboratory Medicine, Tokyo Medical and Dental University,
Bunkyo-ku, Tokyo, 113

published edition<some minor corrections were made after published>


We developed a user-friendly laboratory information system based on the responses of users who were shown many versions of prototypes. This method was applied to the development of on-line computer systems used by laboratory staff, and resulted in a decrease of difficulty in using the systems, an improvement in the productivity of laboratory staff, and a decrease in the time needed for developing the systems.

【Key Words】 laboratory information system(検査システム)、development(システム開発), user interface(ユーザーインターフェース)、prototype(プロトタイプ)


Contents

はじめに
I.問題点の分析
 A.どのような問題が起こるか
 B.ユーザーインターフェースとは何か(Fig. 1)
 C.ユーザーインターフェースに注目した検査システムの特殊性
 D.従来の開発方法の欠点
II.方法
III.結果
 A.検査システムの概要
 B.COBAS FARA用オンラインシステム
 C.血糖外来迅速報告用オンラインシステム
IV.考察
 A.開発方法の評価
 B.将来計画
V.結語
 謝辞
 文献



 現在多くの検査部が省力化、迅速化、 人為的ミスの低減化などの効果を期待してコンピュータを導入している。さらに、病態解析や診断支援などにもコンピュータを役立てようという試みが、大きな期待を集めている。ところがその実現には、「どのようなシステムがあれば期待する効果をあげられるか」という点にではなく、むしろ「望み通りのシステムをシステム開発の専門家に作ってもらうには、どのようにしたらよいか」という点に大きな障害があるのが常である。どのようにすばらしい検査システムや診断支援システムを考案しても、開発作業を業者に委託するか否かにかかわらず、それを作り上げる方法が確立されていなければ、絵に描いた餅に過ぎない。そこでわれわれは、ユーザーインターフェース機能に優れた検査システムを開発する方法を考案し、著しい効果を得たので、解決方法のひとつとして紹介する。


I.問題点の分析

A.どのような問題が起こるか
 検査部にコンピュータを導入し、いざ稼働を始めると、たとえ事前に十分打ち合わせていても、必ずといっていいほど「使ってみると思っていたのと違う」、「使ってみたら予想外の機能が必要だった」、「打ち合わせのときはいいと思ったが使ってみたら具合が悪かった」などといった苦情や要望が頻出する。コンピュータシステムの開発終了後の機能変更は、その規模に従って作業量が幾何級数的に増すので、結局それらが取り入れられず期待した効果が十分には得られない。このような状況を、われわれはシステム開発業者の誠意が足りないと考えるが、彼等の側から見れば、医事会計、企業会計あるいは銀行窓口業務などの分野ではすでに実績があり、検査部だけでこのような問題が起こるので、容易には納得しない。
 検査システムに限ってこのような問題が起こる原因は、他のコンピュータシステムとは異なり、優れたユーザーインターフェース機能が要求されるという特殊性があるためである。ユーザーインターフェースという言葉が耳慣れない方のために、少し紙面を割いて説明したい。

B.ユーザーインターフェースとは何か(Fig. 1)
 検査部の業務を対象とするコンピュータシステムを「検査システム」と呼ぶことにすると、現在のコンピュータが扱えるのはデジタル情報だけなので、検査システムの機能は、すべて情報処理に置き換えることができる。すると、検査システムとそのユーザーである検査技師の間で行われる情報処理は、端末装置やプリンタなどの入出力装置を介する、情報の入力と出力だけに整理できる。この機能およびそのために用いられるハードウエアとソフトウエアをひとまとめにした概念が「ユーザーインターフェース」である。「マン・マシン・インターフェース」、「ヒューマン・コンピュータ・インターフェース」などと呼ばれることもある1)

Figure 1 Scheme of user interface of the laboratory information system.

C.ユーザーインターフェースに注目した検査システムの特殊性
 ユーザーインターフェースに注目すると、検査システムには次のような特殊性がある。
(1)他のコンピュータシステムでは、情報の入出力が一方通行であることが多いが、検査システムでは、再検処理、分析装置のトラブル処理、緊急検体の処理、問い合わせへの対応など多くの選択処理や例外処理を必要とする。
(2)他のコンピュータシステムでは、ユーザーの業務の大部分は情報の入出力であるが、検査システムでは、ユーザーの本来の業務はそれ以外の部分にあるので、ユーザーインターフェース機能が不十分だと、コンピュータの操作に時間や手間を取られてしまい、却って業務に支障を来してしまう。
(3)他のコンピュータシステムでは、ユーザーの業務内容の大部分がコンピュータで肩代りできるが、検査システムでは、その一部分しか肩代りできないため、ユーザーインターフェース機能が不十分だと、省力効果が得られない。

D.従来の開発方法の欠点
 ユーザーがコンピュータシステムに求める機能は、すべてユーザーインターフェースにおける情報の入出力に置き換えることができるので、コンピュータシステムの開発には、ユーザーを対象にして入出力の要求仕様だけを調査し、システムを設計するという方法がとられる2)。ただし、コンピュータの負荷軽減やプログラム複雑化の回避が最優先にされるので、細かな選択処理や例外処理は切り捨てられ、ユーザーに「運用でカバーしてもらう」ことが多かった。
 ところが、検査システムには上述の特殊性があるので、選択処理や例外処理を省略することが許されない。しかも、選択処理や例外処理は、ユーザーの業務内容をよく理解したうえで、それが発生する時相や状況と共に把握しなくてはならないが、従来の方法では困難である。さらに、ユーザーインターフェース機能の性能評価の基準、すなわち使いやすいかどうかを測る「ものさし」がないため、実際に稼働するまでは、その性能が必要なレベルに達しているかどうかが誰にも分からない。


II.方法

 われわれは以上の分析に基づき、優れたユーザーインターフェース機能を備えた検査システムを開発する方法を考案した。
 第1は、システム設計者がユーザーの業務内容を十分に理解し、かつ先進的な工夫3)を取り入れてユーザーインターフェースを設計することである。これにより、選択処理および例外処理が正しく取り入れられること、およびユーザーインターフェース機能の性能が十分に改善されることが期待できる。
 第2は、ユーザーに対するヒアリングに、プロトタイプを用いることである。すなわち、ユーザーインターフェース部分だけのプロトタイプを先に開発し、ユーザーに実際に操作させて、機能の漏れや性能の不足を指摘してもらい、その都度修正していく。これは、ユーザーそのものを性能評価のものさしに使う方法で、プロトタイピング手法と呼ばれている2)。もちろん、ユーザーインターフェースはシステムの多くの要素と密接に関連するため、それだけを切り離せる訳ではないが、「はりぼて」のような形で開発すれば、システム全体よりは容易に開発や修正ができる。
 ユーザーが検査システムと接触できるのは、ユーザーインターフェース部分に限られるので、このプロトタイプをユーザーから見ると、システム全体が開発された状態にかなり近いものになる。そのため、選択処理および例外処理を漏れなく正確に吸収すること、およびユーザーインターフェース機能の性能が必要なレベルに達しているかどうかを正確に判断することが可能になる。


III.結果

A.検査システムの概要
 Fig. 2にわれわれの検査システムのハードウエア構成を示す4)〜8)。原則として、オンライン分析装置はインテリジェント・ターミナルを介してホストコンピュータに接続されている。このインテリジェント・ターミナルが、オンラインシステムのユーザーインターフェースを提供する。

Figure 2 Overview of the laboratory information system.

 Fig. 3(a)および(b)に従来のオンラインシステムの画面例を示すが、「使いにくい」、「ややこしい」、「手間がかかりすぎる」などの不満があった。

Figure 3a, b User interface of an on-line system developed by a conventional method.
(a) main menu

(b) data editor

B.COBAS FARA用オンラインシステム
 われわれの開発方法を適用した第1例は、1987年3月に新規導入した、COBAS FARA用のオンラインシステムである。開発作業は、システム開発業者に委託したものと平行して、全く別個にユーザー側で独自に行い、検査部教官1名と検査部技官2名で分担した。
 われわれがプロトタイピング手法を用いて開発した画面例をFig.4(a)〜(h)に示す。(a)、(b)、(c)および(d)の順に画面が移行する。使用頻度に応じて機能を集約し、使用頻度の高い画面ほど下の階層に配置してあり、画面間の移行を要する頻度を最小限にした。そして選択する対象がメニュー、日付、項目および修正したい測定値のいずれの場合でも、反転表示させて選択肢を選ぶという操作方法を一貫させた。(c)では反転表示されている測定値が修正の対象となり、キーボードから入力した値が同じ場所に上書きされるので、違う検体の測定値を誤って修正することがない。また(e)、(f)、(g)および(h)の例に示すように、適切なタイミングで分かりやすいメッセージを表示し、誤操作を防ぐようにした。また、応答時間を改善するため、測定値の表示や修正に用いる1次データファイルを、従来はインテリジェントターミナルのフレキシブルディスクに置いていたのを、ホストコンピュータのハードディスクに移した。

Figure 4 User interface of the on-line system developed by our method.
(a)

(b)

(c)

(d)

(e)

(f)

(g)

(h)

 これらの工夫は、ユーザーである測定担当者に大変好評で、今回業者が設計したシステムより優れているだけでなく、従来から使用しているどのオンラインシステムよりもはるかに優れており、要求を十分に満たしていると評価された。また、ユーザーインターフェースのプロトタイプを実際のシステムに組み込めるように設計したため、われわれの開発期間は著しく短縮され、業者が要求仕様書の作成のみに費やした約3か月間で完了した。

C.血糖外来迅速報告用オンラインシステム
 第2例は、1988年3月に新規導入したグルコローダを用いた、血糖外来迅速報告用オンラインシステムである。このユーザーインターフェースには、測定・再検処理、診察前報告および通常報告を順不同に処理するという厳しい要求が課せられた。この事例では、第1例の成功がユーザー自身が開発したためかどうかを検証するため、ユーザーインターフェースの開発を信頼できる業者に委託し、残りの開発作業をユーザー側で行った。
 業者とわれわれがプロトタイピング手法を用いて共同開発した画面例をFig.5(a)〜(c)に示す。命令の入力にマウスオペレーションを採用し、ほとんどの機能は、マウスを引きずって、矢印型のカーソルを選択肢の表示位置に移動させ、マウスのボタンを押すという操作で実行するので、画面を見れば操作法がだいたい推定できる。例えば、(a)で上下の矢印を選べば測定データが上下にスクロールし、「依頼」で依頼情報が取り込まれ、「報告」で迅速報告書が外来に設置されたプリンタに出力される。第1例と同様に、開発は最小限の期間で済み、システムは高い評価を得た。

Figure 5 Mouse-driven user interface of the on-line system developed by our method.
(a)

(b)

(c)


IV.考察

A.開発方法の評価
 われわれの開発方法は、優れたユーザーインターフェース機能を実現できるだけでなく、開発期間を短縮できるという効果が実証された。一般の開発業者は、プロトタイピング手法は工数が不確定になるという理由で、採用に消極的なことが多いが、むしろコスト的に有利であると思われた。
 特に、第2の事例では、単にマウスオペレーションやカラーグラフィクスを採用しただけでは操作担当者の評価は得られず、従来のキーボードではなぜ性能が不十分なのかを分析し、どのようにマウスを使えば十分な性能が得られるかをプロトタイピング手法を用いて追究したことが有効であった。また、画面操作のプログラム開発は業者が担当したことから、少なくともシステム設計者が業務内容を把握していれば、すべての開発作業をユーザー側で行わなくても、優れたユーザーインターフェースの開発が可能であると考えられた。
 ただし、実際の開発作業では、次のような注意が必要であった。第1点は、検査システムのユーザーインターフェースには、検査サービスの質を保つためだけでなく、不注意による無用な作業を避けるため、入力の確認や入力データの読み合わせなど、誤操作を防ぐ手順が不可欠である。しかし、実際に使用する担当者だけを対象としてヒアリングを行うと、手間を減らすことがすべてユーザーインターフェースの性能向上につながるという誤解から、それらの手間まで省こうとする要求が混在してしまう。したがって、ヒアリングには検査成績に責任を持つ管理者が立ち合うことが望ましいと考えられた。
 第2点は、それぞれの分析装置ごとに優れたユーザーインターフェース機能を追求すると、操作方法やプログラムの統一性が失われることである。 これは検査システムの管理運営の繁雑化を招くため、今後の検討課題と考えられた。

B.将来計画
 われわれは、今後の検査システムの開発にこの方法を適応していくだけではなく、さらに次のような応用も考えている。
(1)コンピュータだけでなく、分析装置など、検査部にあるすべてのハードウエアをシステムの構成要素として捕え、そのユーザーインターフェース機能の性能向上により、検査部のオートメーション工場化の可能性を検討する。
(2)現在盛んに開発されている病院情報システムは、検査システムと同様の特殊性を持つため、同様の問題点を抱えており9)、それをこの開発方法により解決する。
(3)検査情報を活用した診断支援システムの実用化へ向けて、コンピュータに何ができるかという視点ではなく、医療現場ではどのような機能を必要としているのか、という視点からアプローチする手段として、そのユーザーインターフェースを調査分析する。


V.結語

 われわれは、検査部へのコンピュータ導入の障害を取り除くため、ユーザーインターフェース機能に優れた検査システムの開発方法を考案し、実際にオンラインシステムの開発に適用してその優れた効果を実証した。

 オンラインシステムの開発に参画していただいた東京医科歯科大学医学部附属病院検査部の萩原三千男・草野隆美両技官、マウスオペレーションを採用したユーザーインターフェースの開発に協力していただいたスタットコンピュータ(株)に感謝いたします。


文献

1)
Ben Shneiderman:ユーザーインターフェースの設計.東京:日経BP社,1987
2)
日野弘、他:情報システムの計画・設計実務. 東京:日経BP社,1987
3)
Apple Computer, Inc.: Inside Macintosh Volume I. Massachusetts: Addison-Wesley Publishing Company, Inc., 1986. p27-70
4)
椎名晋一:医療のためのコンピュータプログラミング. 東京:朝倉書店, 1983
5)
椎名晋一:東京医科歯科大学臨床検査情報管理システム, 臨床検査とコンピュータ '83−'84(河合 忠,他編). 東京:医典社, 1983. p154〜164
6)
武部 功,他:臨床検査情報管理システムの開発 −問題点とその対策−. 日本臨床検査自動化学会会誌 9:630〜633, 1984
7)
西堀眞弘,他:臨床検査情報管理システム(LIST)の更新について −システムの概要−. 日本臨床検査自動化学会会誌 13:344〜350, 1988
8)
萩原三千男、他:臨床検査情報管理システム(LIST)の更新について −血液検査室における改良点−. 日本臨床検査自動化学会会誌 13:338〜343, 1988
9)
西堀眞弘,他:医療情報システムのユーザーインターフェース, 第8回医療情報学連合大会論文集, 305〜308, 1988(→原著論文あり)

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