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臨床病理臨時増刊 特集第77号:91-101, 1988

メモリー・カードによる検査情報管理システム

西堀眞弘 椎名晋一

東京医科歯科大学医学部臨床検査医学教室
(〒113 東京都文京区湯島1-5-45)

A Memory-Card Based Laboratory Information Management System

Masahiro NISHIBORI, MD and Shin-ichi SHIINA, MD
Department of Laboratory Medicine, Tokyo Medical and Dental University,
Bunkyo-ku, Tokyo, 113

published edition <some minor corrections may be made after published>


 近年のニューメディアの進歩は目覚ましく、さまざまな分野でそれらを応用した情報処理の効率化が進められており、医療の分野もその例外ではない。現在、一人の患者には、保険証情報,各医療機関固有の患者ID番号などの医療事務情報、病歴情報、身体所見、検査情報、画像診断情報、治療内容、薬剤情報、手術記録、看護記録、医師の診療記録などさまざまな医療情報がかかわっており、その種類と量は急速に増大する傾向にあるので、カルテや伝票を中心とした従来の情報処理形態はもはや限界に近づいている。このような状況を反映して、いろいろな方面で新しい医療情報処理システムへの模索が始まっている。なかでも検査情報はますます種類や量とともに重要性を増しつつあり、デジタル化しやすいという特徴もあって、病院検査部では早くからコンピュータを用いた検査情報管理システムが導入され、効率的な情報処理を実現した施設が年々増加している。しかし現時点では、規模の差はあれ、いずれも病院内部のシステム化にとどまっており、本当の意味で患者が先進技術の恩恵に浴しているとはいえない。そこでわれわれは、最近実用化されたメモリーカードに医療情報を記録し、それを患者自身が携帯するシステムの有用性を検討してきた。今回の報告では、現在までに試作した検査情報を管理するシステムの一端を提示し、併せてそのメリットおよび実用化に向けて検討すべき点について考察する。


I.従来方式の問題点

 従来のメモリーカードのうち、現在実用化の進んでいるICカードを光カードと比較した場合、読み取り速度が早い、偽造しにくい、内容の消去や変更ができる、演算ができるなどの特長があるが、容量が十分でない、コストが高い、バックアップ電源が不可欠、折り曲げに弱いなどの点で不向きである。また磁気カードは容量が足りず、データが破壊され易い欠点がある。
 今回メディアとして用いた光カードは、容量が大きくしかもコストが低いことが大きな特長である。加えて、多少折り曲げられてもデータの信頼性は実用上問題ないレベルを維持でき、一度書き込んだデータは5年以上の保存に耐える。一方、一度書き込んだデータは消去や変更ができないこと、読み取りスピードが遅いことなどが不利な点である。本システムでは、読み取りの遅さを補うため、光カード上のデータを一気に読み込み、表示するさいに必要なデータはすべてRAM上で検索するようにくふうをした。


II.試作システムの概要

A.ハードウエア構成
 システムを構成するハードウエアは次のとおりである(図1)。

 医療情報を記録した光カードを患者ひとりひとりが携帯し、受診時に医師に提出する。医師は光カードが患者本人のものであることを確認したのち、光カードリーダ・ライタに挿入する。光カード上のデータが読み込まれると、パーソナルコンピュータのCRTにメニューが表示されるので、そのなかから最も適切な表示画面を選択する。
図1 本試作システムのハ−ドウエア構成


 1.光カード(ドレクスラー社製)
 現在の記憶容量は1メガバイトで、文字情報だけならば10年分以上を記録できる。これに検査情報などの医療情報をデジタル化して記録し、患者が携帯する。裏面には患者の氏名、性別、生年月日、顔写真、連絡先、保険証番号、有効期限などが印刷してあり、カードを見て患者の本人確認ができるように配慮した(図2)。

 図上はレーザー光線を用いてデジタル情報を記録する面の構成を示し、現在の記憶容量は1メガバイトである。図下はその裏面であり、この例では種々の患者情報を印刷してある。
図2 光カード


 2.光カードリーダ・ライタ(日本コインコ製)
 レーザー光線を利用して、光カードの記録面にデジタル情報を書き込んだり、記録されたデジタル情報を読み出すことができる。読み出し速度は100Kビット/秒(目標値)、書き込み速度は10Kビット/秒(目標値)である。インターフェースにSCSI(Small Computer System Interface)仕様を採用しており、これを介してコンピュータと高速に情報をやりとりする。

 3.16ビットパーソナルコンピュータ
 このコンピュータの指令に従って、光カードリーダ・ライタは光カードにデータを書き込んだり、光カードからデータを読み出す。読み出されたデータは医師が見やすいように編集され、このコンピュータのCRTに表示される。

B.システムの機能
 1.概要
 システムが起動すると、最初にそのコンピュータの使用を許されている者のID番号とパスワードの入力を要求する。これは担当の医師以外の者による不正なシステムの使用を防ぎ、患者のプライバシーを保護するための手続きである。使用者の確認が済むと、システムは光カードに記録されたデータを検索できる状態になる(図3)。患者から光カードを受け取った医師は、まず裏面に印刷されている氏名、年齢、顔写真などにより本人のカードであることを確認する。これは患者が他人の光カードを偽って持参することを防ぐための手続きである。

図2 光カードの挿入を促す画面


 患者本人であることを確認したのち、医師は光カードを光カードリーダ・ライタに挿入する。光カード上のデータが読み込まれると、パーソナルコンピュータのCRTにメニュー選択画面が表示される(図4)。メインメニューには患者属性表示、日付ごと全データ表示、投薬歴表示、肝疾患データセット表示、糖尿病データセット表示などがあり、そのなかから検索したいデータの種類によって最も適した表示画面を選択する。それぞれの画面は、医師がシステムを利用する種々の状況を想定した上で、カード上に記録されている膨大な医療情報の中から、最小限の操作で必要なデータが的確に得られるようにくふうした。また、すべての画面には患者の氏名・性別・生年月日・年齢を表示し、その画面だけをハードコピーしても、あとでそれがどの患者のデータであるかが明確にわかるように配慮した。

 この画面を含めて、すべての表示画面に患者の氏名・性別・生年月日・年齢が表示されるので、それらの画面を見るだけでどの患者のデータかを知ることができる。
図4 メニュー選択画面


 2.患者属性表示画面(図5)
 医師が初めて診察する患者の全体像を、迅速に把握するための画面として作成した。また、医療機関の初診の手続きで毎回書かせられる医療事務情報も表示内容に含め、手続きの簡素化に役立つよう配慮した。具体的には、次に挙げる内容が表示される。
(a)1項目につき1つのデータが対応する情報: 患者の氏名・性別・生年月日・年齢・出生地・血液型・住所・電話番号・職業・勤務先・保険証情報など。
(b)1項目につき1つ以上のデータが対応する情報: 各医療機関に固有の登録番号・既往歴・薬物副作用の既往・飲酒歴・喫煙歴・家族歴・アレルギー歴・輸血歴・妊娠歴など。

 医師が初診の患者の全体像を把握するための表示画面である。最上図の画面が最初に表示され、それに続く項目はファンクションキーを操作して、ページをめくるように中図・最下図の順に表示させる。この操作方法は各表示画面でほぼ共通である。
図5 患者属性表示画面


 なお、これらの項目すべてを1画面で表示することはできないので、ページをめくるようにファンクションキーを操作して、すべての情報を表示させるようにした。また、これらの内容がほかの情報より先にカードから読み取られるようにし、表示までの待ち時間がなるべく短くなるようにくふうした。

 3.日付ごと全データ表示画面(図6)
 カードに記録されているすべての文字情報を日付ごとに表示する。データが生の形で羅列されるので見にくいが、ほかの画面では編集により省略されてしまい、見ることができない項目を表示させるために用意した。
 最初の行には受診した日付、医療機関名、診療科名、担当医名が表示され、その下にその日のすべてのデータが、記録されているままの形式で表示される。1日分を1画面で表示しきれないことがあるので、ページをめくるようにファンクションキーを操作して、すべての情報を表示させるようにした。また異なる日付のデータも、同じようにファンクションキーを操作して表示させるようにした。

 カードに記録されているすべての文字情報が日付ごとに表示される。
図6 日付ごと全データ表示画面


 4.投薬歴表示画面(図7)
 現在までの治療内容のうち、投薬内容について把握するための画面である。ところで、カルテの表紙などに記載されている診断名は、保険請求の目的でつけられた「疑い名」であることがしばしばである。そのため、他の医師が診療している患者の病態を把握したい場合には、それを見ただけでは明確にならず、実際には検査の内容や治療内容、特に投薬内容が非常に参考になることが多い。この目的で利用されることも想定し、この画面を用意した。
 画面の構成は前述の「日付ごと全データ表示画面」と類似しており、最初の行には受診した日付、医療機関名、診療科名、担当医名が表示され、その下にその日の投薬内容が表示される。また「日付ごと全データ表示画面」と同様に、ページをめくるようにファンクションキーを操作して、すべての情報を表示させることができる。

 投薬内容を見ることにより、患者の病態を迅速に把握できる場合が多い。最初の行には受診した日付、医療機関名、診療科名、担当医名が、その下にその日の投薬内容が表示される。
図7 投薬歴表示画面


 5.肝疾患データセット表示画面(図8)
 肝疾患患者の検査成績は膨大な量になることが多いので、その把握に利用されることを想定して作成した画面である。肝疾患と密接に関係する複数の検査項目を、10回分以上まとめて一覧することができる。
 最上行には総蛋白、アルブミン、GOT、GPT、HBs抗原、α-FP、ビリルビン、LDH、Ch-E、LAP、Al-Pなどの項目名が、左端の列にはそれぞれの日付が表示され、対応する位置にそれぞれの検査成績が単位とともに表示される。すべての項目を1画面で表示することはできないので、ページをめくるようにファンクションキーを操作して表示させるようにした。表示されている日付以外のデータがある場合も、同じようにファンクションキーを操作して表示させるようにした。またアルブミン、GOT、GPTについては、経時的変化をわかりやすく表示するため、グラフ表示画面も用意した。

 肝疾患患者の検査成績の把握に利用される。最上図は基本となる表示方法で、最上行には項目名が、左端にはそれぞれの日付が表示される。また中図のように正常値と共に検査成績を表示させることができるので、異なる施設間での検査成績の比較も可能である。最下図は一部の項目についてのグラフ表示例である。
図8 肝疾患データセット表示画面


 ところで、このように表示方法をくふうしても、検査データの標準化が現時点ではまだ不完全なので、異なる施設の間で検査成績を比較することが困難な場合がしばしばである。そこで、その検査を実施した施設での正常値と共に、それぞれの検査成績を表示する画面を用意し、比較の参考となるように配慮した。

 6.糖尿病データセット表示画面(図9)
 「肝疾患データセット表示画面」と同様に、糖尿病患者の検査成績の把握に利用されることを想定して作成した。空腹時血糖、グリコヘモグロビン、尿中Cペプチド、尿糖、尿蛋白、尿ケトン体、中性脂肪、コレステロールなどの検査項目を、10回分以上まとめて一覧することができる。ページをめくるようにファンクションキーを操作する方法や、正常値を表示させることができる点は、「肝疾患データセット表示画面」と同様である。

 糖尿病患者の検査成績の把握に利用される。基本となる表示方法は「肝疾患データセット表示画面」と同様である。
図9 糖尿病データセット表示画面


III.システムの有用性

 今回われわれが開発したシステムは、おもに検査情報を管理するが、最終的には保険証・診察券・カルテを1枚のメモリーカードに入れることを目指している。患者ひとりひとりの医療情報を本人が保管でき、常に携帯できる点が画期的である。これを救急外来受診時に携帯していれば、意識障害患者であっても、既往歴、家族歴、薬物副作用の既往、血液型、輸血歴、STS、HB、AIDSなどの確認が迅速に行え、検査や投薬の内容から基礎にある病態が直ちに把握できる。転院時に転院先の医師は、既往歴、飲酒歴、喫煙歴、家族歴、アレルギー歴ならびに長期間にわたる多項目の検査データを迅速に把握できる。複数の医療機関に通院しているときには、すべての医療機関が医療情報を共有できるので、検査や投薬の重複が避けられる。医療機関に保存が義務付けられている期間より古いデータも、患者自身が光カードの形で保存しておくことができる。健康保険などの医療事務情報を記録しておけば、医療機関を受診するさいの事務手続きを簡素化することができる。さらに社会医療の立場からみると、現在行われているより、はるかに包括的で偏りのない疫学的調査が、このカードを情報源として可能になることも期待される。


IV.将来計画

 このようなシステムがあれば大変便利であろうということは誰しも考えつくことであり、今まで開発されなかったのは、実用化を妨げる技術的な壁があったために過ぎない。最近の著しい技術の進歩により、それらの壁は取り払われつつあるので、現在ではいろいろな組織あるいは施設で類似のシステムの開発が進められていると思われる。しかし、それらの実用化にあたっては、医療にかかわる情報処理システムとしての特殊性を十分に考慮したうえで、次に挙げる種々の問題点を慎重に検討し、解決する必要がある。すなわち、これらのうちひとつでもなおざりにした場合には、われわれはこのようなシステムによってもたらされる恩恵よりも、はるかに大きな代償を支払うことになるおそれがあるということを、十分に理解すべきである。

A.患者のプライバシーの保護
 最も考慮を要する点であり、数え上げればきりがないであろう。たとえば、患者が特定の医師以外の医師に知られたくないと考える情報をどう扱うか、カードが紛失または盗難により他人の手に渡った場合に、記録されている情報が覗かれるのをどう防ぐか、医師が患者に知らせない方がよいと考える情報(癌の病名など)を、患者の「知る権利」との関連でどう扱うかなどが挙げられる。

B.カードに記録された情報の使用権の帰属
 基本的には患者本人に帰属するのであろうが、現実的には、たとえば他の医療機関のデータを利用した研究などが容易になることにどう対処するか、研究的性格の強い医療行為や医療過誤の証拠となり得るものなど、他の医療機関には知られたくないデータは記録されにくいと考えられるが、それらにどう対処するかなどが問題となるであろう。

C.書き込み項目の標準化
 さまざまな医療情報のうち、カード上にどの項目をどのような形で記録するかを具体的に検討し、共通の記録様式を決める必要がある。検査データひとつをとってみても、現時点では標準化が不完全なので、本システムのように単位と正常範囲を同時に記録して、異なる施設間のデータの比較に便宜をはかるというくふうが必要である。また、医学や医療技術は常に進歩しているので、現在は不可欠と考えられる記録項目が不要になる時や、現在存在しない項目の追加が必要になる時が将来確実にくるであろうから、それらに容易に対応できるよう配慮しておくことも不可欠である。

D.書き込みフォーマットを含めたハードウエアの標準化
 もしこの標準化が実現できなければ、医療機関によって使えるカードが異なってしまい、患者は医療機関ごとにカードを保管しなくてはならず、しかもデータの共有化ができないので、前述したシステムの有用性のほとんどは消失してしまう。また、システムの直接のユーザーである患者や医療従事者にとっても、不便でしかないシステムとなってしまうため、普及は困難であろう。
 そうならないためには、よく考えられた標準化が不可欠である。エレクトロニクスの分野を例にとれば、古くは4チャンネルステレオ、最近ではビデオテープやビデオディスクなど、標準化に失敗した例は数多く、そのためにユーザーはいわれのない多くの損失を被ってきた。そのような状況のなかで、開発メーカーの英断により見事に標準化を成功させ、規格を統一したカセットテープの例によく学び、先進技術の恩恵を台なしにしないように、ハードウエアの開発を進める各メーカーには標準化を強く希望したい。
 ところで、書き込むデータの形式については、なるべくそのまま人間が読める形(テキスト・フォーマット)にしておき、コード化する部分を最小限にとどめた方がよいと思われる。たとえていうと、あらかじめ記録される具体的内容は決められていない医療行為記録ノートのようなものを常に患者が携帯しており、特定の資格を持つものだけにその読み書きが許されるという形での使い方である。このようにしておけば、そこに記録される内容は患者本人や医療従事者の判断により、あるいは状況や時代の変化に応じ、自由に選択することができる。
 一方、原則としてコード化する場合には、項目の数だけコードを定義し、そのテーブルを常にシステムが保持しなくてはならないだけでなく、新規項目の追加や不要となった項目の削除に膨大かつ煩雑な作業が必要となる。コード化しなければ、同じ情報量に必要な記憶容量が増大し、検索のスピードも遅くなるというデメリットがあるが、これらはハードウエアの進歩により問題にならなくなると予想される。


V.結語

 このシステムが実用化され普及すれば、あらゆる医療機関で利用され、すべての患者が各々の医療情報を記録したカードを携帯することになるであろう。そうなれば得られるメリットも大きいが、万一デメリットを残したままであると、大変な数の患者や医療関係者が迷惑を被ることになってしまう。そのようなことのないよう、このシステムの実用化に向けてさまざまな立場から十分な検討が重ねられ、コンセンサスが確立されることが強く望まれる。
(この論文の主旨は、昭和62年4月7日日本臨床病理学会第3回特別例会において発表した。)


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