1.はじめに 本研究では、遠隔医療等のカラー画像通信システムにおいて、カラー画像を正確な色で再現することを目的とし、マルチバンドのカメラを用いた色再現手法の開発を行っている【1、2】。これまでに、10バンドのマルチバンドカメラを用いて、皮膚科や内科等で重要と考えられる人間の肌を被写体とした色再現実験を行い、従来のRGBカメラと比較して高精度な色再現が可能であることを示した【2】。 マルチバンドカメラを用いた色再現の精度は、取得したマルチバンドの画像から被写体の色度値を推定するときの精度と、推定された色度値をディスプレイ上に再現するときの精度によって決まる。後者の精度は、CRTモニタではL*a*b*色差1〜2程度で実現できることが示されている【3】。そこで本稿では、マルチバンドカメラを用いた色度値の推定精度について、人間の肌を被写体とした色推定シミュレーションにより検討を行った。 2.マルチバンドカメラのバンド数と色推定精度の関係 これまでに、マルチバンドカメラを用いた人間の肌の色推定精度とバンド数の関係について調べられており、カメラのバンド数を増やすと精度が向上することが示されている【4】。しかしノイズがある場合には、周囲の明るさ、カメラの感度、フィルタのバンド幅などがS/N比に影響を与えるため、色推定精度もこれらのパラメータを考慮して調べる必要がある。 3.シミュレーション 人間の肌を被写体として、以下の条件でS/N比を考慮した色推定シミュレーションを行い、バンド数・バンド幅と色推定精度について調査した。 ・カメラの分光方式:(i)光のパワーのロスがある分光方式、(ii)光のパワーのロスがない分光方式の2つを想定した。(i)はダイクロイックミラーで理想的に分光する場合、(ii)は吸収フィルタを用いて分光する場合などに相当する。 ・露光時間:一組の分光画像を一定の露光時間内で撮影する条件を設けた。この時間内で白(全波長域で反射率100%)を撮影したときに信号値の最大値を取るように設定する。 ・色推定手法:被写体の分光反射率の統計的性質を利用したWiener推定を用いた。 ・被写体:484本の人間の肌の分光反射率。 ・撮影時/再現時の照明:D65/A,C,D65,F2,F7,F11の6種類。 ・カメラのスペック:フィルタなしで撮影したときの最低撮影照度が約80lux、ノイズの分散が8bitsのダイナミックレンジに対して0.5とした。 ・撮影環境の明るさ:約325lux〜約20800lux。 ・フィルタの分光特性:分光方式(i)では全波長域で等分割するような矩形の感度への分割を想定し、分光方式(ii)では波長方向に等間隔に配置した半値幅10〜100nmのガウシアンのフィルタを用いた。 ・色差:L*a*b*均等色空間における平均・最大色差。 |
4.結果及びまとめ シミュレーションの結果、以下のことが明らかになった。 (1)分光方式(i)、(ii)共に、 S/N比が低下しない十分に明るい条件下では、バンド数の増加に伴い精度が向上し、その後ほぼ一定の精度となる。一方、バンド数の増加に伴いS/N比が低下する条件下では、バンド数の増加に伴って精度が低下する場合が見られた。 (2)分光方式(i)では約5200lux以上、分光方式(ii)では約20800luxの十分に明るい場合において、7バンドで平均色差0.6、最大色差3程度の精度が得られた。 (3)S/N比の低下を避けるためには、3バンドで650lux程度であるのに対し、9バンドでは分光方式(i)で1300lux程度、分光方式(ii)ではそれ以上が必要である。このことから、より高感度の撮像素子の必要性が明らかになった。 (4)十分に明るい条件下においても、7、8バンド以上のバンド数ではほぼ精度が一定となることから、これ以上の精度が必要な場合には、よりS/N比の高い撮像素子が必要である。 (5)分光方式(ii)についてバンド幅を変化させて調べた結果、バンド数ごとに適切なバンド幅が存在することがわかった。これは、バンド幅を大きくすることでS/N比を向上できる一方、分光反射率の形状の高周波成分を取得できなくなるというトレードオフがあるためである。バンド幅を最適な幅より大きくしたときの精度の低下が緩やかであることから、S/N比が低下しないようにバンド幅を選択すればよいことがわかった。 参考文献 【1】M.Yamaguchi, R.Iwama, Y.Ohya, T.Obi, N.Ohyama and Y.Komiya and T.Wada : Natural color reproduction in the television system for telemedicine. Image Display, Medical Imaging '97, Proc. SPIE 3031:482-489, 1997. 【2】Y.Ohya, T.Obi, M.Yamaguchi, N.Ohyama and Y.Komiya : Natural Color Reproduction of Human Skin for Telemedicine. Image Display, Medical Imaging '98, Proc. SPIE 3335:263-270, 1998. 【3】Roy S. Berns, Ricardo J. Motta and Mark E. Gorzynski : CRT Colorimetry. Part I: Theory and Practice, Color Res. Appl. 18(5):299-314,1993. 【4】大矢百合、小尾高史、山口雅浩、大山永昭、内川惠二、小宮康宏:正確な色再現性を有する遠隔表示システムの開発(5) −肌の色再現におけるバンド数の検討−.第1998年春季 第45回応用物理学会学術講演会予稿集、No.3, 28p-D-4, 950, 1998年 |